|
|
戌の日や水天宮に曼珠沙華…など咲くほどの立錐の余地もなく、水天宮はビルの谷間に囲まれて、安産や子授けを願う人たちでごった返していました。
水天宮前駅の改札口で息子夫婦と待ち合わせて、地上に出た途端に「最後尾」のプラカードを持ったガードマンが入場制限をかけていて、数十メートルの行列をなしていたのには面喰らいました。
水天宮の正面入口の通りから曲がり角の先まで並ぶ人たちに、マタニティーやレストランや写真スタジオの業者がパンフレットの詰まった手提げ袋を次々と手渡していました。
日本橋の水天宮は、元々は有馬の殿様の屋敷内にあったもので、三歳で即位し八歳で壇之浦に入水した平清盛の孫にあたる安徳天皇を祭ったものだと初めて知りました。
何年か前の広島出張の際に、同僚たちと立ち寄った宮島の厳島神社で、実際に目の当たりにした海上に聳え立つ大鳥居と社殿の偉容に、かつての平家の強大な権勢を見るようで度肝を抜かれる思いでした。
丸に二引きの家紋を継ぐ者として、源氏・足利家系としては平家関連の社寺には御参りすべきではないと言われているから、今日は厳島神社の参拝と同様に少し複雑な気分でした。
|
|