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久しぶりですね。なかなか仕事モードに入れないようで・・・こちらも毎日似たようなものです。
シンクンの『大昔シリーズ』まだまだあれば是非続けて下さい。楽しく読ませて貰います。刺激を受けて、またウラシマの玉手箱も再び開くかも知れないし・・・(笑)
先日、ブログ『夕映え』で家庭用のレーシングカー・ゲームの話が出てきて懐かしかったんだけど、小学校に入る前だったか蒲田のヨーカ堂に、その頃ブームだった1/24のレーシングカーの専用サーキットがあったよね。
ぼくらよりも数歳上の中学生以上のお兄さんたちがマイ・レーシングカーで遊んでいたよね。
それを父親とよく一緒に飽かず眺めていたなぁ・・・ すごくカッコよくて、レーシングカーが夢に出てくるほど欲しかったもんです! 同じ歳の子ではレーシングカーは誰も持っていなかったように思うけど・・・
20歳頃が一番よく映画を観ていた頃で、銀座の今はなき並木座や、神保町の岩波ホールに通ったもんだけど、この蒲田のチャバネ・ゴキブリがチョロチョロするヨーカ堂の映画館では、加山雄三の『若大将シリーズ』のすべてと、『網走番外地シリーズ』の第一作のモノクロの頃から、これもほとんどすべてを観たし、同じく高倉健の『昭和残侠伝シリーズ』もほとんどをここで観たね。
20代の前半に今の会社で、映画の編集や洋画の字幕を撮影していた頃に、高倉健がマネージャーと二人だけで、人目を避けてメインの大きな試写室ではなくて、突然、私の職場であった編集室の横の小さな試写室に現れて、ドキドキしながら私がラッシュ・フィルムを掛けて35ミリ映写機を廻したことを今思い出したよ。
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