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上杉隆 阿修羅より引用

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 5月15日(火)20時34分4秒
返信・引用
  上杉隆 「福島で感じた事」オンザウェイ・ジャーナル5/10(内容書き出し) (みんな楽しくHappyがいい♪)
http://www.asyura2.com/12/genpatu23/msg/706.html


上杉隆 「福島で感じた事」オンザウェイ・ジャーナル5/10(内容書き出し)
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1873.html
2012-05-15(11:33) みんな楽しくHappyがいい♪


オンザウェイ・ジャーナル 上杉隆 ニュースの見方

上杉隆 「福島で感じた事」 2012.05.10


おはようございます。
えー、元ジャーナリストの上杉隆です。
先週から5カ月ぶりに再開しました「オンザウェイ・ジャーナル 上杉隆 ニュースの見方」
先週は近況として、ドイツに巡回講演旅行。
11日間で15カ所、8つのメディアの取材を受けてきた、その様子などを話しましたが、
今週はそのドイツで話した福島、東日本大震災後の福島原発事故後の福島についてお話しをしたいと思います。

今年1月1日元旦からですね、実は福島の方にたびたび行っております。
当初、拠点をつくるという事で、拠点探しで、年末からずっと場所を探していたんですが、
いくつか理由があって、現在それを若干、ゆっくり、スピードを緩めています。


福島へ拠点

その理由というのは、一つは郡山、福島などの場所でアパートというか、借りる家などを探していたところ、
いくつか不動産屋さん、それから地元の方に聞いたところ非常に深刻な状態になっていますね。
それは何故かというと、浜通りや原発事故の影響で、
線量の高い地域からいったん避難してきている人たちが、郡山などに集まってきてしまっているために、
「家がない」という事が一つありました
そして家賃も若干ですが上がっていると。
そうすると私自身も、急を要する話ではないんですが、仮に私が一つ部屋を借りてしまうと、
浜通りや、その被災地というか線量の高い地域から引っ越しをされてきた方の、場所を奪う事になると、
これ、死活問題とか生活の問題から言うと優先順位はそういう方達の方が高いので、そういう意味で一つ、
若干控えているというのが一つあります。

あとは、もともと拠点を作る目的というのは、やはりチェルノブイリの影響などがあるわけです。
ドイツでも行って来ていろんな方に話を聞いてきました。
チェルノブイリ当時の、東ドイツ西ドイツと当時わかれていましたんで、
東ドイツ側の医学博士や物理学者、そしてなんて言っても政府の方も含めて多くの情報というものを得てきたんですが、
これは非常に残念なことですが、健康被害がいくつか出てくるというのは少し時間差が出てくるんですね。
4年、5年。あるいは26年経った今、
ベラルーシ、ウクライナでもまだ新しい放射能によった者と思われる健康被害が出ている。
こういう状況から、福島も放射能との付き合いが非常に長くなるということで、
私自身も長い付き合いになるという事で、あまり焦っていないというのが現実です。

ただ、そういう意味ではある程度準備という事で場所という問題ではなくて、
自分自身の情報とか生活の拠点という意味では、出来るだけ福島の中に入って直接の声を聞いたり、
あるいはこちらから発信したりしていこうということで、
週末、ほとんど週末、時間があれば必ず福島に入るようにしています。
場所は色々ありますが、いろんな形で入っています。


病院・医師へむけての講演

最近はですね、ドイツから帰って来てからはお医者さんの、病院の方にいくつか行きました。
特にですね、一つある病院、郡山と福島の間ぐらいのある大きな病院では、
食堂の椅子を全部取っぱらって、
そこに病院のいろんな医療関係者、あるいは患者さんも含めて、200人ぐらいですかね、集めて講演をしました。
なぜ、これ名前を言わないかというと非常に福島の微妙な温度差があります。

わたしが講演をすると、お医者さんのいるところで講演をするというと、
ネットや、あるいは直接「何で講演させたんだ」という、非常に批判が出たりするというですね、
まあ、言論の不自由さというか、そういうものがあって、
私自身はいいんですが、そのお医者さん方にいちいち業務のじゃなをするという事があって、
名前を言いませんが、そこでやりました。

もともとお医者さんの前でやるぐらいですから、適当なことは言えませんで、
もちろんお医者さんの側からもチェックが入るんで、
医療的な見地、これはドイツを含めたIPPMWというヨーロッパのお医者さんの機関からの
資料を持ってきて、それを説明するという会でもあったんですが、
その知見をお話しするという事の会でした。

非常に、ちょっと自分の率直な感想としては、
福島のお医者さんでも放射能問題に関しては素人だと。
もちろん放射線の専門医だとか、甲状腺など、一部のお医者さんに関しては詳しいんですが、
そのお医者さんですら、対放射能の問題に関しては、もちろん経験がほとんどないと、
これは当たり前ですね、日本では原発事故は過去なかったですし、
古くは長崎・広島というのもありますが、これももうすでに70年ほど前近く、
当然ながら現役のお医者さんはいない訳なので、
ま、そういう意味では非常に知識が少ないという事が、自分の中でも驚きでした。

たとえば、セシウムやあるいはその核種の違いというのも、
いったんお医者さんというのは専門から外れると殆ど関係ないので、全く門外漢。
特にたとえば、放射線管理区域などの管理資格者は一部のお医者さんだけで、
それ以外の人達は、興味もなければ問題もないという事で「知らない」というですね、
意外と世間で思っている以上にそういう意味でのお医者さんの違いがあったんですね。

でもこれは当然で、別に私たちも人間といえども、あらゆる事が分かっている訳ではありませんから、
たとえば政治家といったら政治全般で全てが分かっているか?というとそうではないんですね。
政治の分野にもいろんな沢山の分野があって、その専門であるというのがあります。

スポーツ選手と、一言でくくりますが、アスリートでいっても、
野球選手とサッカー選手、これは全く全然違う訳ですから、
それぐらいの差がお医者さんの世界の中にもあるという事が、逆に講演をしながら気づいたことです。


情報の過疎化がおこっている福島

で、こういうような状況ですから、当然ながら一般の住民に対する情報量というのはもっと少なくなるわけです。
そこで福島で起こっているという事は、なんといっても情報の過疎化と。
これはドーナツ化現象といっていいんでしょうか、非常に逆転現象が起こっているんですね。

この逆転現象というのは、
福島の原発事故の当事者ほど、正しい情報が入りにくい状況になっているということなんです。

何故かというと日本の報道、つまり、記者クラブメディアを中心とした一元化、
過度に一元化された情報によって、
当初ですね、昨年の3月以降、
「放射能の問題はありません」
「健康に直ちに影響を及ぼすものではありません」
「食料は大丈夫です」という事をさんざん流したために、
結果それを修正することができずにですね、誤報にありますから。
その方針をいまだに貫いていると。
で、微調整をしながら修正修理をやっているんですが、それは完全に抜本的な訂正にはならない訳ですね。

ところが、やはり最も不安で最も情報がなかった時に、「安心です安全です」といわれた人達は、
やはり、人間ですから、やっぱりよりよいものを信じたいわけです。

ですから、危険というものと安全というものがあったら、だれでもそうですが、安全を信じたいと。

ただ、信じたいという事と、専門の人間がその危険性を訴えるという事は別の次元なんですが、
残念ながら日本のこの報道機関、並びに言論空間の未熟さによって、
その部分が伝わらないという事が起こっています。


海外と国内の情報の差

その生の声が、そして現実が伝わりにくいという福島の状況というのは、
ドイツに行って、先週も話した通りですが、よりそれを認識することになりました。
むしろドイツの方がインターネットなどの情報によって、3.11以降の日本の状況を知っていたと。
特に原発事故ですね。
ところが日本は放送局を含めて、
電事連という、電力会社の集合体のスポーンサー等によって成り立っている以上「そこの批判はできない」ということで、
自主規制の元、それが成されなかったと、
ここで大きな一年間によって差が出来てしまったんですね。
やはりこれも塵と積もればではないんですが、
この一年間の情報の過度な差というのは非常に大きなものがあります。

ZDFというドイツのテレビが「フクシマの嘘」という非常に秀逸な番組を流したんですが、
日本のメディアは同時刻にあるにも関わらず、
そのレベルの足元にも及ばない番組でよかったと言っているような始末ですね。

ま、このようなことが起こっている日本ですから、
これは報道の人間、メディアの方の人間の意識の低さという事で、住民には全く問題というか、瑕疵はありません。

ただ、その受けての住民はむしろ被害者な訳です。
いわゆる原発での被害者であり、さらに報道での被害者、二重の被害者になっている訳ですが、
もちろんその部分は目に見えないというのが、いまだ一年間続いている訳ですね。


福島この一年

ただ、一年前と、現在の日本。
特に福島の状況が少し変わったなというところがあります。

一つはですね、
やはりテレビ新聞などではなくてインターネット、あるいはこのラジオなどで情報を得て、そして自分で判断された方。
つまり、「これは一回出た方がいいかな?」とか、あるいは
「対応したほうがいいかな、対策を講じた方がいいかな」という方が少なからず出たわけですね。

そういう方達っていうのはやはり、アンテナが敏感だったためにですね、
基本的には県外へ出るとか、そういう判断をしました。
ご主人だけちょっと仕事の関係で残って、子どもとお母さんはいったん地方に出ると、
ま、今戻ってきている方達もいますが、いったん出るとかですね、
あるいは転校が非常に福島は多いですね。
そういうふうな人口の流出もありますが、そういう判断をされた方もいます。

本来であれば、政府、あるいは行政が判断しなくてはいけないんですが、
インターネットなどの情報により、個々の住民が判断して、
若干そういう意味ではアンテナの感度が高い方達は、
この一年間で大体そういう対応や対策、あるいは移転というものを行っています。

という事はむしろ現在福島に残っている方達は、
何らかの事情で、やはり残らなくてはいけない方。
そしてこれはいいか悪いかの問題ではありませんが、
放射能の問題に関しては「ここで大丈夫だ」と判断された方が残っていますね。
ですから、そういう部分での温度差というのが少し、若干薄まったと、
むしろ、そこに対する危機感は少し落ち着いた感じになっています。

ただ、これはもちろん見た目で、
日々の生活の中で毎時1マイクロシーベルトを超えるような線量のところ、
地上から1m。
ここに普通に人が住んでいるという事自体は、やはりこれは国際的にもちょっと問題なんですね。
特に年配の方はいいとしてもですね、お子さんや、若いこれから子どもを産もうという女性は、
これは放射能の感受性が強い。
特にこどもに関しては、一般の大人よりも放射能に対する感受性が強いために
健康被害になる可能性があるという事は国際的に認められています。

日本のメディアは否定しますが、これは完全に国際的に認められているものですね。
この事を若干無視するような政策が、今現在福島でも行われているという事が、
国際社会から見た目で、少し異質に見えるというのが現状です。

その情報というのは残念ながら福島にはきちんと入っていないような状況ですね。

これは0.23マイクロシーベルト/hというのが、実は除染対象支援区域なんです。
それから1マイクロシーベルト/hを超えるとレントゲンなどの放射線管理区域なんですね
で、こういうような地域というのは年間での総被ばく量というのは、
少しやはり、お子さんにとっては高すぎるというような数字になってしまいます。

そこに、普通に小学校や幼稚園、中学校などが、いま、この4月以降開校したり、
あるいは除染が終わったという事で戻しているんですが、
もちろん、大人たちはいいとしても、
子どもたちは、出来るだけそういうリスクから避けるという事が、こういう放射能事故の対応なんですね。
それはウクライナ、ベラルーシなどの経験からもわたしたち日本特に福島は学ぶべきなんですが、
その話をすると、今福島の方では、なんか「その話はしちゃいけない」
「放射能」という言葉を言いづらいという雰囲気が非常にこの一年間で強くなっています。


「子どもをまもる」方向を見ていない政策

とりわけ、福島の事に関してのみ言いますが、
たとえば瓦礫の処理、
これは広域処理とかいろいろ言われてますが、国会でも論議されました。
410万トンを超えるものを処理をしようと言っているんですが、
驚いたことに、先週、先月ですね細野原発担当大臣環境大臣と会った時に話をしたんですが、
彼との意見の違う部分、その部分というのは、
岩手、宮城のがれき処理というのが盛んに宣伝されていますが、
福島の事に対しては1gも話をしていないんですね。
つまりそこに目を向けないというような政策というのは、これはやはりおかしいんではないか?と。

「なんで福島のがれきは、がれきがないことになってしまうんだろう?」
こういう事があるわけですね。

いずれにせよ、福島や、それから東日本の被災地に関しての政府の方針というのは、
政府の方針自体が二分化されていると。

「岩手、宮城などの被災地と、同じ東北でいっても福島は違う」という事が、
これは今後の数カ月間福島に行きながら実感したことです。

あとは将来の事を言えば、やはりこういう土地、福島などを支えていうのは子ども達なんですね。
その「子どもたちを何としても守らなくてはいけない」というのが福島を守ることに他ならないんですが、
どうも今の県政、あるいは国政こちらも、そちらの方を向いていないという事があります。

校庭での遊び時間、郡山では3時間だったんですが、
ま、その校庭で遊んでいいのが3時間っていうのも、もうすでに異常な状況なんですが、
それをこの4月に解除しています。
幼稚園15分などの地域も解除されていますが、
そういうふうに子どもたちが遊べない空間こそが異常なんだという事をもう一回考えて、
全て自己判断ができない未成年に関しては、行政や政治、そして国の責任として対応するというのが、
私たちがヨーロッパ、とりわけチェルノブイリ後のヨーロッパから学んだことではないかと
そういう事を改めて申し上げたいと思います。

とりわけこういう福島に関してもの問題については色々と分断された世論がでますが、
そういう価値観の違いを認めながらみんなで考えて行くと。
自分と違う考えを排除するという事は前に進まない事なので、
それについて是非とも気を付けていきたいというふうに私自身も自戒をこめて申し上げますし、
ラジオをお聞きのみなさんも、福島の問題はまだ終わっていないという事で、
みんなで一緒に考えていきたいとおもいます。

「オンザウェイ・ジャーナル上杉隆ニュースの見方」以上です。


「フクシマのうそ」吹き替え版(動画・文字起こし)&シネマトゥデイの記事
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-1772.html




 

阿修羅より引用

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 5月14日(月)19時00分51秒
返信・引用
  <日本精神の衰弱> など (本澤二郎の「日本の風景」)
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/166.html


<日本精神の衰弱>

 日本が駄目になった契機は、85年からの中曽根バブル経済政策からである。中曽根派の元奈良市長・鍵田忠三郎が「世の中がおかしい。消費が美徳といって政府が率先して、消費するよう宣伝している。狂っている」と言っていたのを覚えている。質素倹約という日本人の美徳を放り投げてしまったことへの痛烈な中曽根批判だった。日本精神があるのかないのか知らないが、間違いなく日本人の精神的特性が衰弱してしまっている。これも日本の前途に暗雲を投げかけている。

<東電の無駄?言えない>

 最近、こんなことがあった。偶然に知り合ったグラフィック・デザイナーが「東電の広告制作は大変なうま味があった。今無くなってがっかりしている」というボヤキである。
 改めて世界一の電力料金の威力を知らされたのだ。経営陣のみならず、社員の給与もべら棒に高いことも納得できる。東電関連にぶら下がるビジネスも法外に高かったのだ。
 史上空前の放射能を放出している東電は、それでいて高額電力料金の値上げを押し進めている。誰もが「おかしい」と文句を言っている。消費増税に対する思いと同じで「やるべきことをやっていない」が市民の怒りである。そこで、その知り合いに「東電の無駄を教えてほしい」とたたみかけた。
 門外漢にはわからない、東電の無駄を教えてくれるだろうとの期待からである。なんと「言えない」と断られてしまった。3・11以後の日本の諸悪の根源は、原発の安全神話でもって世界一高い電力を供給してきた東電であろう。真摯な反省もない東電である。真実を知ろうとしたのだが、東電とのビジネスに恩義を感じているらしく、とうとうコメントしてくれなかった。
 そういえば、3・11から1年以上も経つ。それでいて東電首脳部や社員から、内部告発が全くない。良心のひとかけらもない東電・独占企業体とその関係者である。いわんや、安全神話の元凶である東芝やGEなど原子炉メーカーは、地底に隠れて何も発していない。それを追及しない政府・議会とマスコミである。
 これが今の衰弱した日本精神なのである。それが日本を駄目にしているということに気付かない日本人なのだ。

<目を覚まさない学生>

 日本のジャーナリズムは外国報道に対して、予想外に人権を振り回して熱心なのだが、肝心の日本国内の東電や東芝の、空前の人権侵害について沈黙を貫いている。報道によると、政府と東電は、東電社外取締役にNHK経営委員長を起用するのだと言う。ふざけている。
 NHKが東電の社債を大量に所有している、という真実に驚愕させられたばかりの国民である。東電報道の甘さには定評あるが、これからは徹底した東電による世論操作に貢献させるというのであろう。無節操だ。
 市民による不正・腐敗追及の弱さの原因には、政府や議会・マスコミと連動している。本来は、その逆でなければならないだろう。
 世の中から腐敗・不正を無くし、正していかないと社会は健全に機能しない。その点で欧米や中東の民主化レベルは高い。中国や韓国にしても、それは言えるだろう。

 戦後の日本は、よりまともだった。労働組合が健全だった。市民も学生もそうだった。今は労働組合が動かない。指導層は永田町や霞が関の貴族たちと同レベルだ。労働組合のない会社ばかりだが、それを平然と放置している。
 学生が一番行動出来る機会を手にしている。国家破綻寸前のギリシャでは学生が前面に出てきている。日本にそれがない。80年代の中曽根バブル期から消えたままだ。
 人権派弁護士の説明だと、学生は就職活動に必死で政治活動をする余裕がない、という。ギリシャのように2人に一人の若者が失業すれば、そこで覚醒するというのであろうか。

<意見を言わない市民>

 ともかく、意見を言わない市民ばかりである。最近、これが大いに気になる。マンション管理に首を突っ込んでしまったのだが、そこでも沈黙する住人が目立つ。物言わぬ人間とは一体何なのか、という疑問に押しつぶされそうなのだ。
 それがありとあらゆる階層に及んでいる。自己保身に徹している。他人任せなのだ。無意味なことには汗をかくのだが、大事な問題から身を引いてしまう。恩恵はいただくが、自ら努力して成果を手にしようとはしない。

 東電の不正・腐敗を承知している関係者が口を閉ざしている。これは東電に限らないのだ。日本全体にこうした悪しき精神が広まっている。放射能汚染の恐怖を知っているはずの日本のはずだったが、実際はそうではなかった。広島・長崎の恐怖の資料はないのだ。1年後に、国会の調査機関はウクライナのチェルノブイリを視察した。そこで関係者は、26年後の放射能の脅威の継続に驚き、おののいている有り様なのだ。
批判力・正義心の不在は、どうやら極まっているのであろうか。勇気がない。最近、九州で元暴力団担当警察官が、暴力団に襲撃されるという途方もない事件があったが、これとても日本社会の弱体と無関係ではないだろう。
「長いものに巻かれろ」の日本社会なのだ。戦前もそうして侵略戦争に突入してしまった日本である。ワシントン任せ・CIA任せの政府・議会・マスコミも、日本精神の衰弱と関係しているのだろう。

沖縄を見よ、である。21世紀に入っても中世のような外国の軍事基地の危険と同居する沖縄に、政府・議会・マスコミ全てが沈黙している。1国の指導層がこの体たらく、である。市民精神は推して知るべし、であろう。金に島と生活を委ねる沖縄県民の精神の衰弱に根源がある。
外国に例を取ると、これは清朝末期の中国である。中国は魯迅や学生が輩出して、そこから抜け出した。見事な中国ではなかったか。

<危機的な日本>

 筆者が現役の記者のころ、右翼の跋扈もあったが、堂々とペンではじき返した。マスコミは今より、ずっと健全だった。石原慎太郎などの右翼はものの数ではなかった。現在、それが逆転、マスコミがそれに追随している。
 衰退するワシントンに服従・追随し、日本の誇りである平和憲法を解体しようとする右翼路線を踏襲する政府・マスコミ・議会の日本でいいわけがない。自衛隊を米国のアジア太平洋戦略に組み入れて、それが日米同盟などとわめく議会の第1党と第2党の永田町、それを推進して止まない霞が関、さらにそこから生み出される利権に食らいつく大手町という日本の腐敗構造の定着で良いというのであろうか。日本精神の衰弱は、いかんともしがたい。

<対米自立・対官閥自立への期待>

 こうした日本を大改造しようとした鳩山内閣である。小沢の民主党だった。初めて覚醒した政治集団の誕生に、かつて出版社の意向に応えて二人を批判した筆者だったが、2009年の民主党公約は市民革命に相当する画期的なものだった。
 対米従属・屈米派の自民党政権、官閥に屈する自民・自公政権に対立する対米自立・脱官閥政権を公約したのだから。それゆえに鳩山内閣は退陣させられ、小沢は今も悪しき人民裁判にかけられている。
 だが、二人は屈しない。小沢の勉強会に今も100人もの議員が結集している。いかなる革命も、最初は1人だ。国民の代表が100人、実際はそれ以上である。ワシントンと霞が関から自立するという大義を、心ある国民は理解している。新聞テレビを圧倒するインターネット社会が、それを支持している。
 正義心・批判力・勇気を兼備した日本人は、必ず生まれてくるだろう。「負けるな一茶ここにあり」である。

                            2012年5月13日10時50分記

 

ちきゅう座より引用

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 5月 4日(金)01時57分8秒
返信・引用
  野田首相はアメリカに何をしに行ったのか(?)

2012年 5月 3日
評論・紹介・意見
三上 治

<三上 治(みかみおさむ):社会運動家・評論家>

「民主党政権で初めて公式訪米した野田住彦首相はオバマ大統領に対し、随所で協調姿勢を際立たせた」。5月2日付けの朝日新聞の記事である。協調姿勢を際立たせた、ものは言いようであると言うが、誰が見たところでアメリカ隷従を際立たせたというだけではないのか。かつて民主党政権が政権交代時にちらりと見せた日米関係の見直しを見直し隷属を再確認しに行っただけではないのか。国内的に孤立する野田政権がアメリカのお墨付きを得て国内政治の再編をすることの後押しを頼みに行っただけではないのか。もっと突込んで言えば自民党や公明党の協力《連立も含め》の根回しだった。背後には消費増税ではすんなりと行かない民主党と自民党(公明を含む)の協調体制の枠組作りがあるのではないか。うがった見方だとういうことにはなるまい。

アメリカのオバマ大統領が力説したという「米国はアジア太平洋を主導する」というのは明瞭である。アメリカは冷戦構造の終焉後に9・11も含めて新戦略を打ち出した。イラクやアフガニスタンでの戦争を媒介に世界支配の新戦略を提示した。この軸をアジアに移し、戦略的修正をしたのである。これにはアメリカのドル基軸通貨維持を核心にしたアジア経済支配の戦略がある。イラク戦争が誕生したばかりのユーロへの対抗が本質としてあったように。中国の抱え込みと包囲というように二重対応を戦略としながら、通貨(元)のドル補完体制維持がある。日米同盟とは日本がこのアメリカの戦略を支持し、補完するということだけである。アメリカは近代ヨーロッパの分割支配によるアジア支配の手法を東アジア地域に適用し日本と中国、韓国《北朝鮮》の支配をやっているのであり、日本はその手のひらで踊らされているだけである。アメリカは軍事経済と金融経済の肥大化による実体経済の衰退という矛盾の深化の中にある。この泥沼からの脱出《転換》の道はなく、軍事支配力とそこから生まれる権威を持っての金融的な経済支配《ドル基軸通貨による支配》を維持するしかない。このための戦略を修正しつつ展開してきたのであり、そこに現在もある。戦後の日本はアメリカ=世界という枠組みの中で高度成長を遂げた。だが、アメリカの衰退の中で日本は独自の立ち位置(自立)を求められている。それが切実な課題になってきているのだ。最近、アメリカの日本化《高度成長の後の停滞》が言われるが、日本の停滞《失われた20年》はアメリカ支配の枠組みから脱せないところからきた。根はアメリカにあるのだ。野田は日米同盟の深化と言う名の隷属、その確認の儀式に出掛けて行っただけではないのか。

野田首相はアメリカを経由して自民党や公明党の協力を求める工作に行った。これは小沢一郎の判決後の日本の政治の動きとつながっているとも言える。小泉―安倍路線によって敷かれたブッシュ政権下の日米同盟深化路線を野田は受け継いでいることを表明しに行ったのだから。ブッシュ政権を受け継ぎつぎつつもオバマはそれを修正はしている。中国脅威論の導入である。そのオバマの新戦略に同調していることを示し行ったのだ。この流れや動きを僕らはここ十年くらいの中で見る事ができるが、日本は日米同盟深化ではなく、それを見直し自立に向けた動きが必要なのだ。野田は衰退するアメリカとの同調によって日本社会を一層の停滞と混迷に導いて行くだけである。

野田はアメリカ訪問と首脳会談で手応えのようなものを得たと自負しているらしい。そんな報道を見るたびに何を考えているのかと首をひねりたくなる。アメリカの権威が日本の政治の権威になるというのは錯誤だが、この錯誤は民衆や永田町での温度差なのかとさえ思う。沖縄基地移設。TPP交渉参加、消費増税、原発問題など野田政権は中途半端の提起し、何一つ解決しえていないし展望もない。野田首相や彼の周辺にはそれを解決していく政治的能力がない。

これをいくらアメリカの権威で打破しようとしてもできるものではない。これらを解決するには政治的・社会的構想(理念とビジョン)を必要とするが、彼の周辺にはそれがないからだ。これは得ることは困難なことだが、現在社会の転換ということが意識されそれをビジョンに結晶させることが不可欠だ。東日本大震災や原発震災はその試金石であった。日本社会の転換のビジョン、それに支えられた構想なしに現在の課題を解決しえない。その場合に日米関係の転換は中心に来ることであるが、その逆にしかことを考えられないのは野田政権である。失われた10年からの脱却として小泉がアメリカの新戦略の模倣《ブッシュ政権下の新自由主義の模倣》に踏み出した時、路線は敷かれたのだが野田はそれを復権させているのだ。日米同盟、とりわけ軍事分野での関係の深化は「集団自衛権の行使」や「武器輸出規制緩和」などが先行的に進められる。東日本大震災の復興などの内政は停滞が深まるのに軍事的領域はアジアでのアメリカの代弁者的機能を強める。ここで忘れてはならないことがある。こうしたアジアを対象とした日本の軍事的役割の強化は同時に国内的には強権的な権力体制の強化も目論まれていることだ。国家機密強化や共謀罪など、新たな形で官僚的支配強化の動きのあるのだ。強権化という逆行的動きが伴なわれている。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0880 :120503〕
 

ちきゅう座より引用

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 4月17日(火)13時22分52秒
返信・引用
  原発再稼動へと暴走する政府と原子力村、関係閣僚会議の完全議事録公開を!

2012年 4月 16日
時代をみる
加藤哲郎原発再稼動

<加藤哲郎(かとうてつろう):一橋大学名誉教授>

2012.4.15   国会の党首討論で、この国の基本問題が論じられていません。消費税や年金・医療が問題にされても、現に放射能に汚染され故郷に帰れるかどうかもわからない福島県民のいのち、いまなお「収束」どころか高放射線と高濃度汚染水のなかで働き続ける東電福島原発下請け労働者のいのち、地震・津波で被災し復興も補償もとどこおったままの被災者の生活、がれき処理や農業・漁業再開の困難、ミルクや食品をこどもたちにどう与えるべきかと悩む親たち、全国に離散した故郷を奪われた人々のくらし、それらのすべてがおきざりにされたまま、福井県大飯原発の再稼働がはかられています。事故の原因が地震か津波か、設計上のミスの可能性や運転体制の問題、事故後の対応を含む安全・保安体制の問題等が何ら解明されないまま、しゃにむに原発再稼働を急ぐ勢力があり、その勢力が、政治家、官僚、財界のなかで権力を握り、マスコミや学界にも影響力を持っているために、国民の過半数が脱原発を求めているもとで、いのちとくらしと日本の未来を左右しかねない、重大な決定がなされようとしています。

 異常です。異様です。福島原発事故への政府の事故調査委員会も、国会の事故調査委員会も結論を出す前に、新たな原子力安全委員会も原子力規制機関も発足する以前に、再稼働が急がれています。ほとんど毎週大きな地震があり、地震と津波についての新たな知見で、南海トラフ地震や東海・東南海・南海3連動地震、北海道でも大飯原発周辺でも新たな活断層が見つかり、東京でも大阪でも直下型大地震による巨大被害がありうるという予測が出された矢先に、メキシコやインドネシアの大地震で地球的規模での不安が高まってきている時に、旧態依然の「安全基準」なるものが、にわかに作られました。それも当初の大飯原発用「暫定基準」から、全原発再稼働の「安全基準」に格上げされ、2週間足らずで書類上の数字あわせが進められ、「安全性」も「必要性」も確認できたというのです。関西電力はあっという間に「工程表」を作り、防潮堤も免震事務棟もベントのフィルターも「計画」をたてただけでパス。3年以内に大地震や大津波がくる可能性を、政治家が、どのようにして否定し安全を保証できるのでしょうか。「必要性」の根拠となる電力不足なる数字は、関西電力の提出史料を経産省安全保安院が確認するという、かつて「安全神話」を演出してきた原子力村のもたれあい・やらせ構造のままの作文です。揚水発電も他電力会社からの融通も、実は年間数十時間にすぎないピーク時への特別対応も、考え抜かれていません。地元『福井新聞』の4月15日論説「大飯再稼働要請 説明も説得力も足りない」が、妥当な見方でしょう。

 決めたのは、民主党内閣の4人の関係閣僚、野田総理と藤村官房長官、枝野経済産業相、細野原発事故担当・環境相です。そこで、わずか11日間に6回の会議で、あれよあれよと大飯原発再稼働が決まり、直後に経産相が福井県知事と大飯町に要請に出かけました。まともな討論がない「政治判断」なことは明らかです。後世のために、4相会議の正確で詳細な議事録を公開させる必要があります。3・11直後の日本政府中枢での公式議事録不在の国際的お粗末を挽回するためにも。この4人の会議参加者が、将来歴史により判定されるだろう再稼働決定の責任者です。ただし、どうやらシナリオライターは、別のところにいるようです。ほぼ毎日開かれた4相会議には、見慣れた政治家がいつも陪席していました。仙谷前官房長官・民主党政調会長代行です。原発報道では出色の『東京新聞』が、例によって詳しく解明してくれました。4相会議決定の裏の立案者は、4相会議メンバーの枝野・細野氏に仙谷政調会長代行・古川元久国家戦略相、斉藤勁官房副長官を加えた5人組で、「チーム仙谷」とよばれ、昨年7月から再稼働の機をうかがってきた確信犯たちです。東電新会長人事にもからんでおり、背後に前原政調会長が透けてみえてきます。

 そして案の定、4相会議のお済み付けを受けて枝野経産省が福井県知事を訪問すると、仙谷政調会長代行が福井県民主党の締め付けに出かけ、前原政調会長は民主党内の批判者を抑え込み再稼働の必要を公言し始めました。「政治判断」の主役たちの一斉出動です。背後に経産省と財務省幹部がいるのは見え見えです。財界総本山経団連米倉会長への忠誠メッセージでもあります。でもそれは、3・11前に「安全神話」を広め原発利権で膨らんできたいわゆる原子力村の、悪あがきかもしれません。民主党内にも多数の反対派・慎重論があります。官僚制のなかにも、いるかもしれません。財界内部の亀裂は、『世界』5月号川口雅浩「揺れる経団連」が詳しく論じています。立地都道府県知事や市町村のなかでも、はっきり脱原発を唱える主張が広がっています。マスコミにも推進派科学者のなかでも、4相会議の前のめりは「拙速」と映っています。かつて一枚岩を誇った原子力村にも、多くのほころびが生まれています。無論、それは、国民世論の動きをみてのものです。5月5日の北海道電力泊原発3号機の定期点検入りまでに大飯原発再稼働ができなければ、原発ゼロ稼働状態が生まれます。それは枝野経産相の「要請」に福井県知事が世論の風向きを見て「保留」回答したことから、現実性を持ってきました。枝野流二枚舌は、それを「一瞬」にすべく、まだまだ揺れながら続きそうです。

 仕掛け人の仙谷政調会長代行は、再稼働を「脱原発依存」へのプロセスとして、説明し始めました。「安全対策が取られており、東京電力福島第1原発を襲った津波が来ても炉心損傷にはならない」などと、御用学者並みの技術的詭弁も使い始めました。原子力村中枢は、焦っています。役者はそれほど名優ではなく、時々セリフを間違えます。私たちは、下手な芝居の観客になるよりも、自分たちで舞台を作って、脱原発世論構築の大道を歩むべきでしょう。原理的に、ウラン採掘から事故収束・廃炉にいたる労働者被曝の危険を除去できるか、「トイレなきマンション」の最終廃棄物問題は解決可能なのか、すでに膨大に蓄積された使用済み燃料・プルトニウムをどうするのか、イランや北朝鮮の「核疑惑」からも垣間見える、核兵器保有願望と原子力発電の関係は日本では歴史的にどうだったのか、と。考えてみましょう。大江健三郎流に「倫理」の問題として。森滝市郎にならって「核と人類は共存できるのか」と問いかけて。4月21日(土)午後3-6時、早稲田大学16号館820号室で、第12回桑野塾「日本のソルジェニツィンーー勝野金政の生涯」を講演します。勝野金政長女稲田明子さんの「父・勝野金政のラーゲリ記憶検証の旅」の前座です。

「加藤哲郎のネチズンカレッジ」から許可を得て転載 http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1912:120416〕
 

阿修羅より

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 3月23日(金)22時24分0秒
返信・引用
  「日本一新運動」の原点―101  菅政権の元閣僚たちが、論告・判決に干渉しているとの情報あり


「日本一新運動」の原点―101
http://nipponissin1.blog136.fc2.com/blog-entry-138.html
2012年03月22日 日本一新の会・代表 平野 貞夫


 メモリアル・ナンバーである「メルマガ・日本一新」第100号は、北海道北見市のホテルで執筆したものだ。北海道新聞の「オホーツク政経文化懇談会」に出席するため、厳寒の地を訪ねたわけである。3月12日(月)の夜は北海道新聞の諸君と政治談義で過ごした。

 翌日は、60年安保の学生時代、『清く美しく』付き合っていた女性と、53年ぶりに再会した。一瞬、浦島太郎のような心理状態になった。自分が生きてきた政治の世界が異次元であったように感じた。その分、古女房にはずいぶんと苦労を掛けた、と自責の念もある。

 「日本一新の会オホーツク」の下斗米一訓氏から『北海道における北辰・妙見信仰』の資料をいただいた。さすが、出版社の編集者をやっていただけあって貴重なものだ。これからの日本一新運動に役立てたい。なんやかんやで、何回も北見と事務局(日田)とをファックスでやりとりして、ようやく100号をまとめることができた。

 小沢一郎氏の「強制起訴裁判」を整理してみたが、誰がどう考えても、この裁判は民主国家ではあってはならない問題である。本来であれば、「小沢裁判」は直ちに中止して、ここに至った理由や原因、政治や検察、検察審査会の実態、裁判のあり方、最高裁事務総局をはじめとする司法の劣化などを検証すべきである。

 本来、その役割は国会が行うべきであるが、どういうことか、極少数の国会議員しか関心がない。議会民主政治を崩壊させているのが「小沢裁判」という認識を、国民とともに共有すべきである。


(小沢氏「有罪」の見方が消えない理由)

 意図的に、小沢氏に敵愾心を持つ人や組織を除いて、国民のほとんどが、4月末に予定されている判決に、よもや有罪が出るとは考えていない。法と証拠で裁判が行われる近代国家ならその通りだ。残念ながら、わが国の法曹界のエリートたちの一部には、人の道とか国家理性とか、権力の倫理性ということに無知な人たちがいる。それらの事情を知る専門家の中には、小沢氏が「有罪」となる可能性を危惧する人たちが少なからずいる。

 理由は、マネーゲーム資本主義でマネーを得ることだけを絶対的価値とする人物がいることと同じように、法曹界にも、権力のある地位に就くことを最大・最高の価値とする人種がいるからだ。それらの人たちは、若い頃、左翼過激派の内ゲバなどで活躍し、現在のわが国の政界など重要な場所で暗躍しているといわれている。さすれば、小沢氏が強制起訴となり、裁判に至った経緯を詳しく検証する必要がある。


 主な出来事を時系列で並べてみよう

① 平成22年 2月 4日 東京地検特捜部―小沢氏不起訴決定。

②   〃     12日 市民団体が小沢氏を第五検察審査会に申立。

③   〃   4月13日 読売新聞に、法務省所管の財団法人「民事情報センター」理事長。
              香川保一氏(元最高裁判事、元法務省官房長)の金銭スキャンダル
              記事が載る。

④   〃   〃 16日 衆議院法務委員会で民主党の竹田光明委員が、民事法情報
              センター・香川保一氏理事長問題を採りあげ千葉法務大臣を厳しく
              追及。

⑤   〃   〃 27日 東京第五検察審査会は、小沢氏を起訴相当と議決。

⑥   〃   5月 8日 突如として「民事法情報センター」解散。

⑦   〃   〃 21日 東京地検特捜部再び小沢氏を不起訴。

⑧   〃   6月 2日 鳩山首相・小沢幹事長辞任。

⑨   〃   〃  4日 民主党代表選。菅氏が樽床氏を破り新代表。

⑩   〃   〃  8日 菅内閣成立。記者会見にて小沢排除宣言。

⑪   〃   9月14日 民主党代表選で菅氏再選、同日に東京第五検察審査会は、
              小沢氏を起訴相当と再議決。

⑫   〃  10月 4日 東京第五検察審査会は、小沢氏を起訴議決と公表。

⑬ 平成23年 1月31日 指定弁護士は小沢氏を強制起訴。

⑭   〃   2月22日 民主党、強制起訴された小沢氏を、判決確定まで党員資格停止とする。

⑮   〃  10月 6日 第1回の冒頭陳述で、小沢氏裁判の中止を主張
             (後の公判で、検察審査会起訴議決の前提となった検察調書
              などが捏造されたことが明らかになる)。

⑯ 平成24年 3月 9日 指定弁護士、禁錮三年を求刑。

⑰   〃   〃 19日 最終弁論。小沢氏は「捜査は、政権交代を阻止・挫折させるため
              であった」と発言。


 これらの一連の出来事の中、第五検察審査会で何が起こっていたのか。最も重大な疑惑は、法曹界の大物・元最高裁判事で、元法務省官房長の香川保一民事法情報センター理事長の『刑事事件』となるべき金銭スキャンダルを、何故、誰がモミ消したのか。そして、最高裁と法務省に絶大な『貸』をつくったのは誰か。その『貸』をどう悪用したのか。この究明は国会でもまったくなされていない。

 時系列で推論すると、第五検察審査会が小沢氏を再度起訴相当とするかどうかの議論を始める時期に、鳩山内閣から菅内閣に移っている。となると、これに影響を与えたのは菅内閣の有力閣僚で、法曹界に顔の利く人物たちが浮かび上がる。さらに千葉法務大臣と後任の法務大臣が、香川保一民事法情報センター理事長問題にどう関わったのかも、重大な問題である。この問題は民主党政権の「事業仕分け」という看板政策で発覚したものだ。握りつぶしたり、尻切れトンボにはできない事案のはずだ。

 経緯を見ると、握りつぶしたか、モミ消したことは確実といえる。政権政党としての責任があるはずだ。第五検察審査会が「強制起訴」に向けて再び審査を始めるのは、菅首相が「小沢排除」を宣言してからである。

 これに対応させたのが、小沢氏を法的に、強制起訴で政界から排除しようとする企てが、菅政権で始まったと推論することができる。その原動力となったのは「香川理事長問題」で、菅政権が法務省や最高裁事務総局に絶大な『貸』をつくったことである。

 東京第五検察審査会が、東京地検特捜部の再度の不起訴決定を受けて、二度目の審査を始めた動機や手続き、審査員の選任問題、議決の無効論等、異常、違法、不条理なことが続出し、多くの国民が疑惑を持っている。

 3月19日の小沢弁護団の最終弁論が指摘したとおりである。


(菅政権の元閣僚たちが、論告・判決に干渉しているとの情報あり)

 小沢氏「有罪」の危惧が残る中で、看過できない情報が3月16日(金)、私に届いた。政府や国会議員等の情報管理に詳しい専門家からである。「菅政権の主要閣僚であった複数の政治家が、小沢裁判の指定弁護士側と論告の内容について意見を交換していた。詳細は明らかにできないが、方法としてメールやファックスが用いられたらしい。論告求刑案が『添付ファイル』により議員関係者と指定弁護士周辺者でやりとりされた可能性があるとのことだ。最高裁関係者とも意見交換をやっている可能性が高いようだ」とのこと。にわかにはとても信じられない情報なので、国内外のインテリジェンス活動に詳しい国会議員秘書に意見を聴いたところ、「この情報が正しい可能性はある。定常的に日本の政府と国会議員らのメールを監視している海外のインテリジェンス・コミュニティなどは、自分の国の国益にかなう情報はそれなりのキーパースンには伝えることがある。まして我が国の要人の電子メールは、複数の外国の諜報機関には筒抜けが実態だ。」との話が返ってきた。もしこれらの情報が正しいと仮定すれば、この国の内部で恐ろしい事態が進行していると言わざるを得ない。

 小沢裁判について、もっとも真剣に「法と証拠」にもとづいて、指定弁護士と法廷論争を展開しているのが小沢弁護団だ。また、有識者の中でも「これが有罪なら、もはや裁判ではない」と主張する法律の専門家もいる。しかし、残念ながら「小沢問題」は始めから「政治捜査」で、それが「政治裁判」として強行されてきたのである。その最終段階で、確認を要する問題であるが菅政権の複数の閣僚経験者が、人間として許すことのできない不条理なことを企てているようだ。

 恐らくこの問題は、情報源を公開しない限り、確認することは不可能と思われる。それでも、可能性がある限り国民的監視を強化し、判決の日まで残された時間は少ないが、登石判決のような「政治裁判」となる可能性を防ぐしかない。

 繰り返していうが「政治捜査・裁判」である以上、それを糾すのは裁判所ではなく国会議員である。まずは、党内からこのような不逞の輩を排除しないと、東日本大震災・福島原発災害の本格的復旧・復興はもとより、国民が平和で安穏に暮らせる政治を期待することは至難である。
 わが国の政治に「人間らしい顔」が宿ったとき、議会民主政治が定着したといえる。


追記
 ☆本号は無限拡散希望につき、転載許諾を必要としませんので、お取り扱いをよろしくお願い申し上げます。




 

阿修羅より

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 3月21日(水)20時45分20秒
返信・引用
  裁かれるのは日本の民主主義(田中良紹)
http://www.asyura2.com/12/senkyo127/msg/835.html
投稿者 判官びいき 日時 2012 年 3 月 21 日 09:19:01: wiJQFJOyM8OJo


検察審査会から強制起訴された小沢一郎氏の裁判が結審した。来月26日に判決が言い渡される。裁判の過程で浮き彫りになったのは検察の犯罪的な捜査手法である。検察は思い込みから小沢氏の裏金捜査を始めたが、不都合な証拠は隠し、都合の良い証拠だけをメディアに流して国民に「小沢クロ」の心証を与え、それでも起訴が出来ないと検察審査会に嘘の証拠を示して起訴に導いた。

証拠を改竄する権力がこの国に存在する事が裁判で明らかにされた。普通の国なら民主主義に対する冒涜だと国民やメディアが騒ぐところである。強制力を持つ捜査機関が暴走する事を民主主義社会は許さない。国民はそのために代表を選んで立法府に送り込み、行政権力や司法権力を監視させるのである。ところがこの国はまるで違う。

国民から選ばれた政治家を「巨悪」(ということは国民は巨悪なのだ)、それを摘発する検察を「正義」と考えるマインドコントロールに冒され、国民は民主主義とは真逆の論理を信じ込んでいる。だからこれほどの問題が分かってもメディアは不感症でいられる。証拠改竄をした検察を「民主主義の敵」と言わずに不心得者がいるという程度に非難する。

そのくせ小沢氏には「庶民感覚から外れた金銭感覚」とか「道義的責任」とか的外れな批判を欠かさない。そもそも今回の事件で問われている罪は普通の民主主義国なら問題にされない微々たるものである。政治資金収支報告書に間違いがあったとすれば、会計責任者が訂正を求められるだけで、犯罪になどならない。

ところが検察は小沢氏がゼネコンから裏金を受け取っていると思い込み、叩けば必ずほこりが出ると信じて捜査を始めた。そして政治資金収支報告書の「期ズレ」が見つかり、それが裏金疑惑につながると思い込んだ。ところが捜査をしても裏金の証拠が出てこない。この2年間、常に追い詰められていたのは検察である。

裁判に持ち込めば大恥をかくだけで不起訴にするしかないのだが、「馬鹿メディア」を煽って国民に「小沢=巨悪」を信じ込ませたから、振り上げた拳を下ろせない。そこで素人集団の検察審査会に嘘の証拠を出して起訴させる事にした。無罪になったとしても自分たちの失点にならない方法はそれしかない。ところがその裁判で特捜部の犯罪性が露見したのだからお粗末である。

東京地検特捜部が生まれて初めて政界汚職に切り込んだのは1954年の造船疑獄事件である。日本の造船・海運業界が自由党幹事長佐藤栄作氏に贈賄していた事が分かり、特捜部は佐藤氏を逮捕しようとした。ところが犬養法務大臣の指揮権発動に阻まれて涙を飲んだ。それがこれまで語られてきた定説である。

ところが真相はまるで逆であった。検察幹部が政治家に頼んで「指揮権発動」をしてもらったのである。最近では複数の検察関係者がその事を認めている。しかし当時の何も知らない国民は「政治が悪」で「検察は被害者」と信じ込んだ。そこから「政治家=巨悪」、「検察=正義」のイメージ作りとマインドコントロールが始まる。

真相はこうである。犬養法務大臣は指揮権発動に反対で辞表を出して抵抗した。それを慰留して指揮権発動させたのは緒方竹虎副総理である。緒方氏は国民から「クリーンな政治家」と見られていたが、検察の捜査が拡大すれば自身に及ぶ恐れがあった。またアメリカのCIAが吉田総理に見切りをつけ、緒方氏を後継総理にしようとしていた。そのため緒方氏は法務大臣に指揮権発動をさせて事件の拡大を防ぎ、また国民世論を反発させて吉田政権に打撃を与える必要があった。

緒方氏に指揮権発動の知恵をつけたのは検察自身である。検察は疑獄捜査に着手して盛り上がる国民世論に実は困っていた。裁判を維持できる証拠がないため裁判に持ち込めない。そこで事件を担当していた検察幹部が緒方副総理に耳打ちをした。政治の圧力で事件が潰れれば検察は大恥をかかなくて済むどころか国民から同情され、捜査の内実を隠せば政治の世界からも喜ばれる。一石二鳥であった。

狙い通りに国民世論は指揮権発動に反発し、犬養法務大臣は辞任、吉田内閣もその年のうちに総辞職した。こうして検察は「巨悪に切り込む正義の味方」を演ずるようになるが、実態はこれも全く違う。緒方副総理に指揮権発動の知恵をつけた検察幹部は検察トップに上り詰め、造船疑獄で被疑者であった佐藤栄作氏と密接な関係を築く。それ以来、特捜部は次々に政界捜査に乗り出すのだが、摘発されるのは佐藤栄作氏のライバルの池田勇人氏や河野太郎氏の派閥の議員ばかりである。つまり佐藤長期政権が可能になったのは、佐藤氏に対する自民党内の脅威を検察が力で取り除いてくれたからであった。

特捜捜査の原点はここにある。誕生以来、常に一方の政治勢力と手を組んで自らの地位を守り、政治と裏取引をしながら、国民には「巨悪に挑戦する正義」として振る舞ってきた。それを終始支えてきたのが民主主義の原理を理解する能力のないメディアである。わずかな情報のエサに釣られて簡単に権力の走狗となってきた。そして情けないのは政治家も検察権力に迎合する事が自らを守る第一と考え、数々のでっち上げ捜査に口をつぐんできた。

今回の裁判で裁かれるのはそうした日本の体制である。小沢一郎氏が有罪になろうが無罪になろうが問題は終らない。有罪になれば民主主義に対する冒涜を許す日本の司法を徹底的に追及していけば良い。無罪になれば、これまたこれまでの日本の体制を徹底解剖して問題点を除去していかなければならない。来月末に予定される判決は結論ではなく出発点なのである。
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2012/03/post_294.html#more


 

ちきゅう座より

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 3月19日(月)05時36分16秒
返信・引用
  吉本隆明さんを悼む

2012年 3月 18日
時代をみる
三上 治

<三上 治(みかみおさむ):社会運動家・評論家>

いつかはこんな日があるのだろうとは覚悟はしていた。また、何度も想像したことはある。吉本さん<さようなら>と声にならない声で呟いてみても、声は深く沈んでいくだけである。僕の中には吉本さんは生きている。だから、僕はこのままでいようと思う。本棚には吉本さんの著作が一杯ある。その一冊一冊に様々のことが思い出されるが、また、ありし日の吉本さんの表情や声も自然に浮かんでくる。

僕が友人と吉本さんをはじめて訪ねたのは1960年の9月か10月のことだった。正確な日は定かではないが、まだ、安保闘争の余燼の残る日だった。あれからもう50年の歳月が過ぎるが僕は何度吉本さんを訪ねたことだろう。ある時は何人かの友人と。ある時は一人で。ある時は恋人と。また、昂る気分を抱えて、また、暗い気分にうちひしがれながら。けれども、いつも。吉本さんは優しく接してくれた。吉本さんはこちらの気持ちを察して対応してくれた。奥さんと一緒に玄関まで見送られると、僕は自然に元気になっていた。そんな一齣々々が思い出されるのであるが、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。

僕は高校生のころから太宰治が好きだった。そして吉本さんと太宰は僕の中ではいつも重なっていた。だから、吉本さんも太宰が好きだと聞いた時は嬉しかった。確か、1960年代の初めの方のことだったと思うが吉本さんは太宰から聞いたとされる「男の本質は優しさ(マザーシップ)だ」と言う言葉を紹介していた。これは吉本さんの本質そのものだと思った。誰も吉本さんに接したときの印象でもあったと思う。1980年代の半ばも過ぎたころに、中上健次と一緒に吉本さんのうちに出掛け三人で24時間集会をやろうという話を持って行った。

僕もそれに似た事を考えていたのだが、発案は中上健次だった。これは「今、吉本隆明25時」として寺田倉庫で開かれた。この集会で吉本さんは『大阪しぐれ』の一番を歌った。中上健次が二番を、都はるみが三番を歌った。中上健次が休業中の都はるみを歌手として復帰させることを目論んでの「日本歌謡コーナー」でのことだった。吉本さんは初めから教えておいてくれたら、練習でもしてきたのにと照れくさそうに小声で語った。吉本さんは美空ひばりだと言っていたが,都はるみも好きだったように思う。これはもうむかしのことだが昨日のことのように思う。僕は今日もまた明日も明後日も、吉本さんのことを思い出すだろう。また、夢で出会えると思う。だから、糸井重里も言っていたが、僕も<さようなら>とは言わないでおきたい。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1872:120318〕
 

阿修羅より引用

 投稿者:マンジ  投稿日:2012年 3月 6日(火)21時38分22秒
返信・引用
  小沢裁判の矛盾と歪み (時局心話會 山本善心の週刊「木曜コラム」)
http://www.asyura2.com/12/senkyo127/msg/277.html
投稿者 歳寒の松柏 日時 2012 年 3 月 05 日 19:21:57: /qLvogBEV2eew


http://www.jikyokushinwakai.jp/mokuyou_colum/mokuyou_colum.html

 時局心話會 代表 山本善心





 いよいよ、小沢裁判が終盤を迎えた。17日東京地裁の政治資金規正法違反に問われた、「石川調書」が却下された。これで有罪確実とされた小沢裁判は、犯罪を立証する証拠が無くなり、4月下旬の判決は無罪が濃厚となる。筆者はこの裁判がもともと政治目的で行われたものであり、犯罪を立証する事実と根拠のない事件であり、やがて化けの皮がはがれると思っていた。

 これまで検察は小沢事件を二度にわたって不起訴処分にしている。本来ならそれで終わりのはずであったが、検察は別の手で逮捕するために、「東京第五検察審査会」を立ち上げた。当初検察官らはこの検察審査会の指定弁護士らに一応、小沢氏は「嫌疑なし」と説明したが、それでも彼らは無理矢理「嫌疑あり」として小沢有罪に持ち込んだ。

 ここまでやると、この事件の狙いが検察権力による小沢潰しであり、政治的意図がはっきりと見えてくる。指定弁護士らがあらゆるトリックを使って有罪に持ち込もうとする姿勢は、官ぐるみの小沢潰しが一層苛烈になるとともに、事件の矛盾と歪みが見え始めた。断っておくが、筆者は小沢氏を弁護する仲でもなく立場でもないが、この事件に関して小沢氏には非がないと確信し、これまで当コラムで何度か無罪になると述べている。これは、彼の性格や考え方を知る立場の人たちと同じく、真実を広く伝えたいとの思いからであった。

小沢裁判の茶番劇

 筆者は「強きをくじき、弱きを助ける」という言葉が好きである。物事の本質を見抜き、自分が正しいと思うことに信義を貫き通せる人生は幸福だと思う。人様の顔色を見る無難な生き方や利害のために主張の変わる論者に真実を書くことはできない。この事件の権力側による決定的な失敗は小沢一郎という人間の本質を無視した人たちであり、情報不測と無知による判断ミスに他ならない。

 政治がからむと思想、信条を曲げて迎合する学者や知識人がたくさん登場する。彼らは体制側に都合のよい論調で世論をミスリードし、小沢極悪人の犯罪づくりに一役買ってきた。例えば「小沢氏の政治家失格は明らかだ」「二転三転する小沢発言の徹底解明を」「小沢グループ、若手の離党止められず」等々、あること無いこと小沢潰しのキャッチフレーズが紙面を賑わした。世論調査で80%以上の国民が小沢嫌いと回答したが、国民の中には検察リークと疑う人も増えている。

 小沢氏の「四億円原資」とは何か。「政治献金」「銀行融資」に関する不正疑惑が先行して悪役のイメージが定着する。小沢氏ははじめからカネの出所について「両親からの相続や印税、議員報酬など諸々のカネを集めた」と検察やインターネット、メディアに説明した。しかしながら、検察は執拗に彼らは水谷建設から五千万円の裏献金があったとか、証拠もないデタラメなネタをメディアに提供したのではないか、とは世論の声だ。検察による小沢裁判は組織ぐるみの犯行であり、虚偽の調書を作り、裁判を冒涜するものだ。今後は、彼らがお縄を頂戴する立場に逆転するとの指摘もある。

組織ぐるみの小沢潰し

 小沢一郎氏が検察ににらまれたのは行政に真っ向から立ち向かう姿勢を見せたからである。しかし、小沢氏は、不正なカネを手にする事実も根拠もなかった。一言で言えば小沢氏は金持ちであり、身近なカネを必要としない恵まれた立場にある。氏の両親は、将来小沢氏がカネで政治生命を潰さないようそれなりの資産も残していた。さらに氏の夫人は新潟でも有数の資産家である。そして、政治家として師匠である田中角栄や金丸信がカネの問題で失脚した姿を目の当たりにして、カネの扱いはとくに神経を尖らせてきた。

 実際、筆者が知る小沢氏は、カネに対しては異常なほど神経質であるとの印象を否めない。それゆえ小沢氏はカネには清廉潔白であり、不正なカネは一切手にすることはないと改めてそう思う。検察はゼネコン100社に小沢氏への政治献金の調査をしたが、回答は各社100%ゼロと答えている。これまで小沢氏が不正なカネは手にしないと断じてきた。当事者である小沢氏の生き様を知らず小沢裁判を語ることはすべてが間違いの元になる。カネに対して用心深い人がどうして工事業者の仲介をしたり、見返りに大金を受け取るのか。考えられないことだ。

 あらためて言うが、今回の裁判で小沢氏が最終的に無罪になることは分かっていながら、大騒ぎしたのは執拗な小沢裁判のその裏に潜む政治的意図によるものとは周知のとおりである。検察側の驕りや、捏造された体質の踏襲があぶり出されてきた。つまり、彼らは小沢排除に大義も正義もなかったのである。

検察の暴走を許すな

 これまで政治家の「政治とカネ」の検察捜査はマスコミの発表段階で大方の事件が片づいてきた。被告人の大半は、反論はあっても身の保全のため検察権力に逆らわず、おそれおののき従順にひれ伏すというのがこれまでの通例であった。安倍政権が行革にメスを入れようとしたが、各メディアは一斉に安倍内閣の大臣に対して“政治とカネ”の問題を取り上げ、ネガティブキャンペーンを張った。その安倍潰しは執拗であり、熾烈を極めたとの印象は鮮烈で、いまだに脳裡に焼き付いている。

 しかし、大権力に立ち向かう政治権力にあらゆる手を使い、息の根を止める、という図式や手法に限界が見え始めた。たとえば、今回の小沢事件では、最初から犯罪を立証できる証拠もなく、明らかに検察の勇み足が生命取りだ。彼らの常套手段である威迫で一件落着との目論見は見事に外れたばかりか、すべてのツケは検察が払うべきだとの声が挙がっている。

 しかし裁判が進行するにつれて、検察は証拠を立証できないだけでなく、石川氏がひそかに検察官とのやりとりを録音したテープが登場して、検察の不当な取り調べが明らかとなる。違法であり不当な操作ではないかとの批判が検察に向けられ始めたが、本番はこれからだ。田代政弘検事の暴力的な取り調べに対して、本人は「上司の指示」をほのめかしているが、これでは捜査が上層部にまで及ぶとの見方もある。

 この事件で、「検察の違法捜査は組織的に行われた」と裁判所が断じたのである。今後、市民団体による検察への告訴次第で検察上層部の関与、捜査、逮捕にまで発展するとの気運が高まりを見せ始めている。

 今回の検察捜査は小沢氏を政界から引退させることが目的であった。一方、民主党執行部から小沢氏は党員資格停止処分を受けるなど、手足をもぎ取られた格好だ。つまり、小沢氏は政治生命を失いつつあった。

 小沢裁判で秘書3人への逮捕は官という組織的関与で行われた第一段階であるが、当初は犯人扱いであった。しかし無罪が確定すれば、特捜部は大改革を急ぐべきだ。小沢裁判に対する検察官の違法行為は、まず“田代検事を逮捕せよ”との声が今後も強まりそうだ。

増税問題は藤井氏らによる怨念がらみの主導権争いだ

 いまや野田政権の消費税増税問題は実現不可能となりつつある。野田氏は消費税増税に反対する小沢グループの動向を無視したツケが回ってきた。野田首相の師匠は藤井裕久氏である。つい最近まで、藤井氏は小沢氏の新生党、新進党、自由党以来の側近であり、大番頭であった。増税問題は小沢氏と藤井氏による怨念がらみの主導権争いとの印象を否めない。

 小沢氏が裁判で受けたダメージは大きい。イメージダウンの小沢氏との連携は、第三極を形成する勢力にとって改革の邪魔になるだけだと誰もが敬遠する。小沢氏が橋下徹大阪市長の「維新の会」との連携に期待しても相手にされず、石原慎太郎知事から毛嫌いされている。しかも解散・分裂なら小沢グループの衰退は避けられないとの見方もある。次なる小沢政局は大連立か、民主党代表選か、今のところ、自らの力で新しい流れを作るしかない。

 幸いなことに小沢無罪となれば、官の次なる標的は「船中八策」を掲げる橋下徹氏だ。権力側にとって小沢氏よりもっと手強い相手である。この「船中八策」の本音は本格的な行財政改革を実行することだ。これからはマスコミの橋下潰しキャンペーンが紙面を飾ることになろう。しかし、検察の出番があるか否か、検察は小沢裁判で大きくつまずき信頼を失った。

検察の暴走を許すな

 今回の小沢事件にみる検察の腐敗と堕落は目を覆うばかりである。これまで検察が捜査から起訴に至る過程はノーチェックであり、検察は捜査のすべてを闇の中で取り仕切ってきた。確たる証拠もない被告人に対して、「まず起訴ありき」で、あらゆる手を使いストーリーを作って犯人に仕立て上げた。わが国では検察の手にかかれば99%以上の被告人が有罪になるが、世界は10~20%が限界である。いまや検察による証拠改竄事件が頻発し、検察神話が大きく崩れようとしているのは、小沢裁判の功績に他ならない。

 政府は世論の検察不信と相次ぐ不祥事をきっかけに、法務省内の第三機関である「検察の在り方検討会議」を発足させた。今後、検察改革に向けた動きが活発になると見られている。いずれにせよ、小沢氏の証拠不採用で消費税増税反対や政界再編に向けた動きが活発になろう。小沢氏もようやく長い冬ごもりから雪解けの春を迎えるが、これからは氏にとって最後の政治活動の正念場として頑張るしかない。日本を力強い自立した国に再生してもらいたい。


 

ちきゅう座より引用 三上治

 投稿者:マンジ  投稿日:2011年12月31日(土)13時13分20秒
返信・引用
  転形期の日本(その六)~(その九)

2011年 12月 19日
評論・紹介・意見
三上治

<三上治(みかみおさむ):社会運動家・評論家>

転形期の日本(その六)

大震災や原発震災の復旧や復興も何処まで進展しているのか曖昧なままに年越しになりそうである。沖縄で暴言をはいた防衛局長の更迭と連鎖した防衛大臣の辞任問題が解決しないまま政府はアクセス評価書の提出だけは強行する腹のようだ。これだけは現防衛大臣にやらせようとするのか(?)アメリカ議会は海兵隊のグァム移転予算を凍結し、軍事費削減に進まざるを得ない状況になっている。日本政府はアメリカや中国関係の中で今後の構想を持たなければ袋小路に入っていかざるを得ない。その場合に戦争と安全保障についての基本的な理念がどうしても必要である。その意味では憲法9条のことをあらためて考えざるをえない。アジア地域の安全保障と憲法9条でもいいのであるがこのことを念頭において見なければならない。日米関係の見直しとアジア関係の進展にはこのことがなければならない。

憲法9条と安保条約はセットであり、日米関係を見直しアメリカとの距離を取ろうとするなら憲法9条改定は不可避であるという議論がある。1960年に安保改定を岸信介は憲法改正(9条改正)をして自主防衛(核武装を含む)をやり、その後により本格的な安保改定をめざしていた。彼の『証言録』を読む限りそのような構想を抱いていたことは確かである。ただ、憲法9条改正を促してきたのもアメリカであり、自主防衛(軍備増強)はアメリカの日本戦略でもあった。岸がアメリカの代理人であったという説とナショナリストであったという説があるが、ヌエ的な存在であったというのが真相ではないか。僕らは憲法9条とその改正が主に対米関係で論じられてきた歴史を見ているが、それはそのまま戦後の対米関係が日本国家の中心的関係である他なかったことを意味する。安保体制から脱するには憲法9条の改定により本格的な国家武装(核武装を含む国家武装)が必要であるという議論が改憲派の中にあることはよく知られている。岸信介の系譜にあった小泉―安倍が日米同盟の深化と憲法改正を構想していたのを見ると憲法改正(9条改正)による日米関係の改定というのはこの議論がナシナリズムを装うためだけのことであるのも分かる。改憲派の中にも対米従属派(日米同盟派)と日本の独立派《ナショナリスト》がいる。アメリカの要請による憲法改正(9条改正)こそが基本の流れであり、だから日米同盟深化はこれと矛盾なくある。改憲派はアメリカの要請という面をおおい隠すために、ナショナリズム(日本の軍事的独立)を利用してきたのであり、それが改憲派の多数であつたのである。

……………

転形期の日本(その七)

アメリカとの関係の見直しのために憲法9条の改定による国家武装を強調する連中はそれを口実にしての国家武装を本格化したいだけである。岸信介の系譜にある右翼や保守はアメリカとの関係を見直す気はなく、ナショナリストは仮面である。日本がどのような名目にせよ軍備を強めてもそれだけではアメリカ関係の見直しにはならないのである。親米右翼、あるいは保守に対する反米右翼、あるいは保守も存在する。かつて清水幾太郎はその代表格として「核の選択」を書き核武装による日米の対等関係を主張した。この論理は一見すると正当なように見える。日本が憲法を改正して本格的な武装をしなければアメリカとは対等になれないという論理(国家論理)であり、それは現在の一般的な論理に適合しているように見えるからである。逆に言えば国家が武装すれば日本はアメリカと対等な関係になれるか、という問いかけになる。

この問題は僕らには国家とは何か、戦争とは何かという問いを必然にする。国家は対外的にも体内的にも武装した存在である。交戦権は国家の主権に属する。そうであるとしたらこの武装は何において成立するのか。それは国家の成員の共同意志としてである。武装力とは本質的には国民の意志力である。武力としての武装力はその表現であり、国家本質にたいして国家機関のような位置を持つものである。第二次世界大戦における連合国と枢軸国の勝敗は武装力の点でいえば国民の意志力の差に還元される。枢軸国はウルトラナショナリズムやファシズム《強権的権力体制》をとり、一見すると強固な国家意志を持っているように思われたが、国民の意志の体現度で劣勢にあり、それが敗戦に結果したのである。天皇制の支配力下にあった日本国家の強く見えた構造の背後に国民の意志力の体現には意外な弱点があり、それが露呈したのが敗戦である。日本は物質的力で敗北したといわれるが精神力(意志力)で敗北したのである。

そして戦後の日本の国民の意志とは何かということが問われてきたし、そこにこそ国家武装をめぐる問題が存在してきたのである。戦後の日本国家が本格的な武装に至りえないのは国民の意志がそれを否定しているからである。死を命令すれば受け入れるとし、それを命令する存在としての共同存在(国家)を容認していないからである。自己に死をも命令し得る存在としての国家を受け入れてはいないのである。これは太平洋戦争に対する国民の反省であり、戦争観(国家観)の転換によっている。戦後の日本は本質的な意味で武装を欠如した存在として出発したし、逆にそこに積極性も存在したのである。

……………

転形期の日本(その八)

日本のナショナリストたちに欠如しているのは国家の軍事力(軍備力)の強さは国民の意志力であるという点である。日本のアメリカに対する敗北も突き詰めればそこに行きつくことの理解である。どんなに軍備を整備し重武装しようとも意志力の裏打ちがなければそれは精神(魂)を欠いた人形のごときものである。過剰にまで精神の重要さを説き、精神主義の権化のように言われてきた日本思想は何なのかという疑問が出されるかも知れない。これは日本思想が日本人の意志《内在的精神》と乖離した存在であったかを逆説的に示しているだけのことである。日本国家はネーションという国民の意志(共同の意志)を欠如させて存在であったかと連なることである。国体という曖昧な内容の理念が過激な精神主義的な装いで流布されたのは日本の国家意志が国民の意志を欠如させていたためである。

このところをもっともよく知っていたのはアメリカであった。彼らの日本研究や占領過程で手にいれたのは見かけの強靭さにも関わらず本質的な弱さを持つ日本国家の秘密であった。国民の意志力と乖離している日本国家の存在であった。この秘密を握っていたからこそ、アメリカは戦後に天皇を取り込みその協力を得て官僚を戦後統治に利用してきた。日本の独立後のそれを存続させてきた。表面上の独立とアメリカの支配を背後に隠し対等な関係を演出する巧みさはあったにせよ、日本国家(官僚国家)の強さと弱さを知り得たから可能であったことだ。アメリカは国民の意志や動向に細心の注意を払ってもきた。憲法9条に体現された国民の意志や戦争観だって分かっていたのである。アメリカが持ち込んだ憲法9条の意図とそれを日本国民が自己意志に変えた差異も良く分かっているのである。日本の核武装や重武装で日米の対等関係をいう連中をアメリカは怖れてはいないし、組みやすいと考えているだろう。それが国民の意志を体現していないことをよく知っているからである。国民の意志に基づいてアメリカとの関係を見直す動きを彼らは警戒するだろうが、それなりの対応もすると思える。憲法9条の非戦を国家戦略にしてアメリカの軍事戦略と向き合っていくことは空想ごとではない。国民の意志に支えられたものとして戦争について、あるいは平和についての国家的な道を日本の政治家は主張すればいいのである。憲法9条は世界的に見て国家と戦争の関係を先見的に表現しているが、その生命力である国民の意志とともに対米関係に使ったことはないのであり、それをいまこそやって見ていいのである。

……………

転形期の日本(その九)

韓国の日本大使館前に従軍慰安婦の存在を象徴する少女の像が設立され、日本政府はその撤去を求めたという報道がある。ここに見られるのは日本政府の従軍慰安婦の存在から目をそむけようとする姿である。日韓の首脳会談で李明博大統領は従軍慰安婦問題の解決を求め、このままでは「日本の永遠の負担になる」と述べたと報道されているがこれは正しい立場である。野田首相はあらためて像の撤去を求めたというがこれは恥の上塗りである。日本政府はこの問題に向き合い謝罪と賠償をすべきである。

戦後に従軍慰安婦の存在を明るみにしたのは田村泰次郎の小説『春婦傳』であった。この小説はGHQの検閲で出版できず大幅に書き換えられてはじめて出版が出来た。そこでは従軍慰安婦という表現はおろか半島という言葉すら書き換えられた。これは従軍慰安婦の存在をタブーにし、曖昧にするように結果した。しかし、従軍慰安婦は存在しそれに軍が関与していたことは明瞭である。右翼などが国家の神聖さを汚すものとして否定したいのだろうが、ここにあるのは大陸での日本軍の蛮行や非行から目をそむけようとすることである。日本がこうした態度を取り続ければ不信感を存続させるだけである。憲法9条は日本のアジア地域の人々に向けられた反省の弁であるとよく言われる。そこに内在している日本人の意志(戦争観)はそうしたものであると言っても的外れではない。日本が東アジア共同体を志向し、アジアでの民族問題を解決しようとするなら、ここを曖昧にしてはならない。韓国も中国も今や国民国家であり、戦前とは違う。現在の関係から未来志向と言う言葉が出てくるが、それは太平洋戦争に至る近代での韓国や中国の関係を曖昧にしていいと言うのではない。近代史の過程で中国大陸や朝鮮半島で日本や日本軍がやったことをきちんと反省することを媒介にしないと未来志向なんて都合のよい言辞としてしか受け取られない。憲法9条はアジアでの関係、とりわけ安全保障をめぐる関係では重要な役割を担っていることを確認しなければならない。冷戦構造という枠組みが戦後の日本や日本人に中国大陸での戦争のことに目を向けなくて済ますことを許した面がある。その意味では憲法9条のアジア向けた反省という側面を忘れさせるように作用してきた。アメリカの改憲要求に便乗して日本の政治的動きが冷戦思考の中でそれを強めたと言える。日本が憲法9条を根底にしてアジア諸国との関係を構築しようとするなら、この点は特に大事な点である。それなしには信頼関係は築けないからだ。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔opinion0726:111219〕
 

阿修羅より引用

 投稿者:マンジ  投稿日:2011年12月14日(水)17時46分57秒
返信・引用
  福島原発3号機“核爆発”を起こした!専門家が断言
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20111213/zsp1112130929001-n1.htm
2011.12.13 ZAK×SPA!


 ★原発を造った男たちの原発批判を聞け!

 「福島第一原発3号機で3月14日に起きた爆発はピカドン(核爆発)だ!!」

 そう語るのは、’10年の春まで日本原子力安全基盤機構(JNES)で原発検査員を務めていた藤原節男氏。原発の施設と運用について隅々まで知る専門家の一人だ。

 「3号機の爆発では、一度ピカっと炎が出た後、ドーンと黒煙がまっすぐ建屋上方へと立ち上っています。水素爆発であんな黒い煙は出ません。キノコ雲の形状といい、核爆発の現象に酷似している」

 しかし、政府、東電の発表では、原子炉内部は安定を取り戻してきているはずだが?

 「重要な放射能飛散原因は、使用済み燃料プールです」

 彼は一原発を陸側から写した航空写真を取り出した。

 「建屋上部フレームは、使用済み燃料プールの場所が吹っ飛んでいます。プール内で爆発が起こり、そこにあった燃料棒は飛び散ってしまったと思われます」

 だが、たとえ使用済み燃料が溶融して下に溜まっても、果たしてそれで核爆発は起きるのだろうか。

 「3号機の燃料プール内では、爆発が生じるまでに冷却水が少なくなり、ジルカロイ・水反応で水素が発生。上方の燃料被覆管が溶けて、中のペレットはブロック崩し状態。プール内が原子炉さながら、小出力で臨界状態となって水が沸騰したと思われます。そして、プール水面上方で水素爆発。その圧力で沸騰水中のボイド(水蒸気)が圧縮。ボイド反応度係数はマイナスなので、一気に核分裂の反応度が高まり、即発臨界の核爆発が起きた。3号機爆発のスローモーションビデオを観ると、爆発音が3回聞こえる。これが、水素爆発の後に核爆発が生じた証拠です」

 続いて彼が指差したのは、排気筒と3号機を結ぶ配管部分だ。太いパイプはそこで断裂し、短い管が口を空けて転がっている。

 「東電は、定期点検中の4号機で水素爆発が起きたのは、3号機で発生した水素がこの配管を通って、4号機建屋に入ったためだと説明しました。しかし写真を見ると、このとおり配管は繋がっていない。4号機でも使用済み燃料プール内で水素が発生して、爆発したと言える。3、4号機爆発とも、使用済み燃料プールの水素なら、1号機も使用済み燃料プールの水素による爆発ではないか。これら重要な事故シナリオについて、誰もダメ出しをしていない」

 彼は、脱原発の技術者たちにもこれら事故シナリオ内容を投げかけたが、コメントを控えたという。「日本の技術者は、自分の専門領域以外のことにはなかなか発言しようとしない」と藤原氏は苛立つ。

       ◇

データ改ざんを拒否したらクビ!“原子力村”の腐った体質
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20111213/zsp1112130928000-n1.htm
2011.12.13

 ストレステストは、菅直人前首相が、原発再稼働の前提条件として実施を決めた。これについても、彼は問題提起をしている。

 「ストレステストの結果は、JNESと原子力安全・保安院が審査をすると言っています。ところがその評価基準がない。何をやっていいのかわかっていないのが実情。今の日本の原発はすべて、一度止めたほうがいい。特にBWR(沸騰水型)はもう廃炉にすべき。それ以外の施設も、しっかりと地震、津波対策、全交流電源喪失対策の評価基準を作ってから再稼働を審査するべきでしょう」

 なぜ、国は原発の評価基準を作れないのだろうか?

 「電力会社も官僚も、評価基準を作る能力がないからです。専門知識と技術を持つのは私のようなメーカーの技術者だけ。ストレステストは、メーカー(電力会社)が分析した結果を、同じメーカーのOBが審査するという茶番。今のやり方では再稼働のための儀式でしかない。欧州では、利害関係のない他国技術者が審査しています」

 藤原氏は三菱原子力(現・三菱重工業)で28年間、原発の設計、開発に携わると同時に、安全運用のための品質マネジメントシステム(QMS)にも早期から取り組んだ。その後JNESに入って5年間にわたって検査員を務めてきた。その彼が「原子力村」の体質を根本的に変える必要があると訴えているのだ。

 「これまで経産省、電力会社、研究機関、御用学者らが一体となり、官僚を頂点としたカースト制度で上意下達の組織を作ってきた。営利追求の電力会社が、技術素人の官僚たちを操っている」

 藤原氏もまた、その圧力を身を持って体験してきた一人だ。

 「三菱重工に勤務していた99年、敦賀原発2号機で再生熱交換器連絡配管に亀裂が入り、冷却材が漏れるという事件が起ましきた。私が、事故原因説を提案したところ、拒絶された。なぜならその説を採用すれば、他原発でも補修の必要が出て、半年から1年の長きにわたって多数の原発を運転停止する可能性があったからです。安全よりも経済が優先されたのです」

 その4年後、北海道・泊原発2号機で同じ事故が起きた。もし99年当時、藤原氏の事故原因説が採用されていればその事故は起こらなかっただろう。

 さらに藤原氏は’09年、泊原発3号機の使用前検査データを上司から改ざんするよう命令された。しかし彼はその命令を拒否したため、JNESを解雇された。10年8月、JNESに対して定年後の再雇用と慰謝料を求めて東京地裁に提訴。現在も公判中だ。

 「こんな原子力村の体質を放置していたら、いずれ大事故が起きると思い提訴しました。図らずも福島の事故が起きた。このまま原子力村が変わらなければ、再び大事故が起きる。そういった面で、多くの人がこの裁判に注目していただきたいと思っています」

 ■藤原節男氏 72年4月三菱原子力工業(現・三菱重工業)入社。05年原子力安全基盤機構勤務、検査業務部調査役。’09年3月北海道電力泊原子力発電所3号機の使用前検査を手がけ、組織的なデータ改ざんなどを内部通報。10年3月退職。



 

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